豪邸を建てるTOP » 日本の高級住宅地一覧
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日本でも有数の
高級住宅地

国内において人口の集中する関東、関西、中部には、富裕層が競うように邸宅を構える高級住宅街があります。特に東京、名古屋、京都、阪神地区には高級住宅地が歴史の流れの中で幾つも誕生していますので、そうした住宅地の特色をまとめたいと思います。

歴史が物語る
住宅地の品格

流行のお店、流行のエリアは短いスパンで移り変わりますが、歴史と伝統に裏打ちされた高級住宅地は、流行に左右されることなく、圧倒的な存在感で富裕層を魅了し続けます。国内屈指の高級住宅街には人を引き寄せる何らかの魅力があり、歴史とともに長い年月をかけて磨き込まれ、醸成されてきた独特の香気があります。
英国の文豪は「一時に手に入れたもの、失うときは同じ道理だ」と語りましたが、逆に長い時間をかけて手に入れた価値は、簡単には失われませんし、容易には色あせません。日本の高級住宅街も同じです。
日本の各地に点在する格式高い高級住宅街が、時間をかけてどういった価値を築き上げてきたのか、自らの拠点を構える前に、しっかりと学んでください。

高級住宅地イメージ画像

日本の高級住宅地一覧

東京

1603年に徳川幕府が江戸に開かれ、明治維新後も首都に定められた東京の発展は、平成の今もとどまるところを知りません。日本史上、類を見ない、空前絶後の発展を遂げる東京には人口が今もなお集中し、南青山、白金、広尾、成城、赤坂、田園調布など国内屈指の高級住宅地はいよいよ洗練度を増しています。
関西と比べて歴史の浅い関東、どこの高級住宅街も江戸時代は普通の農村でしたが、そののどかな田園地帯が近代化とともにどのような発展を遂げてきたのか、知るほどに町の魅力は深まります。

横浜(神奈川)

日本が開国して以来、港町として栄えた横浜。戦前までは、英国総領事館やフランス領事館など、異国情緒が強く漂う街並みが特徴でした。今でも、西洋近代建築の歴史的建造物などが多く残され、当時の雰囲気を彷彿させます。中でも横浜中区は、港に面した平地と内陸にある高台とに分けられ、平地側は、ビジネス街や繁華街が広がる一方で、近年はマンションが立ち並ぶ住宅地が広がっているのが特徴です。一方、内陸の高台は昔から閑静な高級住宅地が広がっていて、この辺りを総称して山手エリアと呼ばれています。電車1本で都内までいける他、車での移動も便利でアクセスは抜群。横浜だけでなく都内からも人気の住宅地の1つになっています。

白壁・主税・撞木町(愛知)

白壁・主税・撞木町(愛知)

徳川将軍家に連なる御三家の筆頭格として、全国の大名の中でも最高の格式を誇っていた尾張徳川家。その名門の士族たちが武家屋敷を構えたエリアが、奇跡的に名古屋の中心部に残っています。第二次世界大戦末期の大空襲で名古屋は焼け野原になりましたが、その中でも戦禍を免れたエリアが白壁、主税、橦木になります。同地には古い町並みが残っており、その景観を保全する形で名古屋の富裕層が邸宅を次々と構えています。名古屋はもちろん、愛知、中部でも屈指の格式を誇る高級住宅地として、今もなおその魅力を増し続けています。

八事(愛知)

八事(愛知)

尾張徳川家の祈願寺・興正寺を中心に広がった門前町の八事。同地は明治期に別荘地としての評価を帯び始め、大正、昭和には名古屋の著名人が次々と別宅を構えるようになります。春や秋に桜や紅葉を求めて多くの人が集まる緑豊かなエリアは、そのうちに富裕層の集まる高級住宅地へと変貌を遂げました。今もなおその魅力は、失われるどころか輝きを増し続けています。

芦屋(兵庫)

芦屋(兵庫)

東の田園調布、西の芦屋と、全国でも屈指の高級住宅街として認知される芦屋です。関東と違って歴史の古い関西に位置する芦屋は、平安時代から交通の要所として知られる農村でした。関西を中心として展開する長い日本史を間近に眺め続けた芦屋。明治、大正、昭和にはいち早くインフラが整備され、関西の富裕層が暮らす郊外の住宅地として発展していきます。現在でも関西で活躍する有力者がこぞって邸宅を構える国内屈指の住宅地として、揺るぎのないブランド力を保持しています。

下鴨(京都)

下鴨(京都)

世界遺産の神社を中心に古くから栄えてきた下鴨。源氏物語や枕草子にも登場する歴史地区になります。下鴨神社の社領としておだやかな農村が広がっていた同地は、昭和初期に北大路通、市電北大路線が次々と開通して利便性が増し、一気ににぎわいが広がっていきます。教育機関が林立し、緑豊かな文教地区としての顔を持ち始め、現在では京都市内でも屈指の高級住宅街として認知されるようになりました。

嵐山(京都)

嵐山(京都)

世界中から観光客を呼び寄せる嵐山の魅力は、1,000年前も変わりませんでした。平安時代には貴族の別荘地として栄えた歴史があり、知的教養に優れ、国際文化を寛容に受け入れてきた社会の上層部の人たちが、優雅な時間を過ごしたエリアとしてにぎわってきました。その魅力は長い時間をかけてさらに磨きがかかり、現在では国内有数の観光地として、あるいは国内屈指の高級住宅街として広く認知されています。

帝塚山(大阪府)

帝塚山(大阪府)

大阪の中心地から少し離れているため、のどかな農村地帯が広がっていた帝塚山ですが、明治、大正にかけて宅地として耕地が分譲され始めると、住宅地としての評価が次第に高まっていきます。大阪の急激な人口増とともに土地不足が起こると、帝塚山に富裕層が邸宅や別宅を構え始め、そのうち大阪府内でも屈指の高級住宅地として名前を知られるようになりました。現在では厳しい建築の規制の下、美しい住宅地の景観に磨きがかかっています。

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